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光延文裕(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科老年医学分野 教授/
岡山大学病院三朝医療センター長)
三朝医療センターは、鳥取県中部(人口約11万人)に属する三朝町(人口約7000人)に位置し、内科の外来診療を行っています。鳥取県中部における65歳以上の高齢者人口の割合は29%、中でも三朝町は33%と特に高齢化が顕著となっています。したがって、三朝地区は高齢者医療の実践および研究・教育を目的としたフィールドとして適していると考えられます。三朝医療センターは、高齢者医療およびそれに関する研究・教育とともに、温泉療法を実践する唯一の大学施設としての意義を有しています。本稿では、当センターの経緯とともに診療実績・研究内容を述べます。
昭和8年、岡山医科大学は世界有数の放射能泉である三朝温泉に、温泉研究所設立を計画しました。 昭和12年、地元三朝村から敷地、建物の寄贈を受け、12月公布の勅令の基づき、昭和14年7月28日岡山医科大学三朝温泉診療所として発足し、温泉の医学的研究と診療を開始しました。
昭和18年11月24日岡山医科大学放射能泉研究所に改組され、単に療養のみならず放射能泉に関する学理とその応用の研究も併せて行うこととなりました。 昭和24年、学制改革による新制大学の発足に伴い、岡山医科大学放射能泉研究所は岡山大学放射能泉研究所(昭和26年温泉研究所の改称)となり、診療活動は医学部附属病院三朝分院として引き継がれました。
昭和60年、温泉研究所の改組に伴って医学部附属環境病態研究施設が発足し、三朝分院と一体となって診療・研究などの活動を続けてきましたが、同研究施設は平成3年4月廃止となりました。平成14年4月、三朝分院は廃止転換を行い、近年の高齢者医療に対する社会のニーズを踏まえ、ますます高度化、多様化する医学・医療に適切に対応して、機能強化、効率的な医療の提唱を図るため、三朝医療センターとして発足しました。その際、改組前と同様、病床数は70床でしたが、個室のニーズが高く、個室数を増やしたことにより、平成19年4月からは60床で運営してきました。しかし、近年の大学病院の医師不足の影響により、医師確保が困難な状況に陥り、平成24年4月から病床は休止となり、外来診療を継続しています。
温泉療法とは、温泉浴や飲泉のように温泉水そのものを利用する治療の他、マッサージや温熱療法などのような理学療法、食事療法、温泉プールでの水中運動を含めた種々の運動療法、さらに気候や環境を利用した転地療養を組み合わせた複合療法として定義されます。温泉の生体に及ぼす影響は、物理作用(静水圧、浮力、粘性、摩擦抵抗)、温熱作用、含有成分の化学・薬理作用、非特異的変調作用(総合的生体調整作用)の4つに分類されます。物理作用と温熱作用は、真湯と温泉に共通する生理作用です。各作用の全身および呼吸器に対する影響について示します。
水中に没した身体部分には水の重量分の圧力(静水圧)がかかってきます。全身浴では静水圧による胸郭圧迫や腹圧上昇によって、肺・循環系や右心系に負荷がかかります。さらに、皮膚表面の静脈系が圧迫されることによって、心臓へ還流する血液量が増加し、その結果心拍出量も増加します。そのため、心肺機能低下のある患者や予備機能低下が潜在する高齢者ではこの点に留意する必要があります。水中にある物体には浮力が働きます。浮力によって、空気中では起立や歩行の困難な患者も、水中では起立やゆっくりした歩行が容易にできるようになります。水中での運動は水の粘(稠)性による摩擦抵抗を受けるため、筋力維持・増強に有効です。
・横隔膜挙上⇒死膣↓⇒換気効率↑
・水中呼気⇒気道内圧↑⇒抹消気道虚脱↓
・静脈還流↑⇒心拍出量↑⇒肺血流↑
・胸郭負荷⇒呼吸筋力↑
温熱作用は、水温によって作用が異なります。水温が、38℃以上になると心拍数・心拍出量が増加するとともに、抹消循環系では、血細血管、小動脈、静脈が拡張し血液量や血流速度が増加し、抹消血管抵抗が減少します。微温浴ではその変化は経度であり、副交感神経系優位で精神的にもリラックスした状態となります。一方、高温浴は交感神経系を緊張させ、精神的にも肉体的にも活動的な状態をつくるため、エネルギー消費も大きいです。冷水浴では、高温浴と同様ストレスが強くなるため、エネルギー消費は大きくなります。
・抹消血管拡張⇒心拍出量↑
・前毛細括約筋弛緩⇒酸素分圧↑
・副腎皮質機能↑
・精神的リラックス
温泉の含有成分の作用は温泉特有の作用で、いわゆる泉質はこの含有主成分によって分けられます。温泉のうち、温度、含有成分の質・量などから、「医療効果を期待できるもの」を療養泉といい、療養泉は、含有成分が一定に達していないが(温泉水1kg中の固形物質が1g以下)、泉源で水温が25℃以上ある単純泉と、療養に値する成分を含む8種類(二酸化炭素泉、炭酸水素塩泉、塩化物泉、硫酸塩泉、鉄泉、硫黄泉、酸性泉、放射能泉)の計9種類に分類されます。
・気道の清浄化
・気道粘膜の正常化
・喀痰粘稠度↓
温泉地環境、温泉浴、運動などの刺激に対して、生体は中枢神経系、自律神経系、内分泌系や免疫系などを介して非特異的に反応し、順応して生体機能の変調が起きます。その結果、病的機能が正常化したり、内外の異常刺激に対する抵抗性や生体防御能が強化されたりします。生体機能のリズムを変える変調作用は、温泉地刺激を受ける生体側の反応の仕方と程度が問題となります。すなわち、特定因子に起因する特定反応ではないので、これを温泉地の非特異的変調作用(総合的生体調整作用)といい、このような機能の変調には一般的に3~4週間を必要としますが、それを過ぎると慣れの現在を生じます。
・自律神経の安定化
・精神的リラックス
・全身状態の改善
温泉プールでの水中運動は、温度や湿度が一定に保たれた室内温泉プール(水温30~32℃、室温26℃)の中で1回30分間の運動訓練(歩行、水泳、屈伸運動など)を行うものです。
○歩行運動はできるだけ膝を高く上げ、胸郭を開くような姿勢でゆっくり行います。
○水泳訓練は胸郭の動きの大きい平泳ぎを原則とします。
○水中屈伸運動は、プールの手すりを持ち、膝を屈伸しながら水中で呼気を、膝を伸展しながら水上で呼気を行います。
これらの運動の利点は、①温暖・多湿の環境であり、水圧により過呼吸が生じにくいことから労作時呼吸困難を誘発しにくいこと、②温暖・多湿の環境での呼吸によって喀痰の排出が容易になること、③水中呼気時の気道内圧の上昇により抹消気道の虚脱が低減できること、④呼吸筋を含めた全身筋力の増強、そしてそれに伴う呼吸状態および全身状態の改善も期待されることなどが挙げられます。
粘土質の泥を釜で80℃まで暖め、それを布で被い42から43℃程度とし、背中にあてたまま、ベットで仰臥位となります。このままの姿勢で、上半身をタオルケットで被い、30分間背中を中心に暖めます。この治療法により、小ないし細気管支領域に気道分泌物の粘度が低下し、排出されやすくなります。
温泉水の吸入も試みられたことがありましたが、効果が不安定だったため、現在ヨードカリ溶液(ヨウ化カリウム134mg/l、塩化ナトリウム14.664g/l)のネブライザーによる吸入を我々は行っています。ヨードカリ溶液1mlを朝、夕の2回ネブライザーにより吸入するもので、気道の殺菌、浄化に有用です。
呼吸器疾患に対しては、重曹ないし食塩泉、あるいはこれらを含む単純泉などが適当と考えられています。気管支喘息の場合、数日以内に発作が出現したか、また軽度であっても発作を認める場合には、入浴はできるだけ避けた方が良いです。喘鳴はあるが呼吸困難は感じられない場合には、少しぬるめの温度(39~40℃前後)で、少し長めの入浴時間が望ましいと考えられます。特に、痰の粘度の高い症例では、湯気を十分吸いながら深呼吸を繰り返すと痰が喀出されやすくなります。そして、静水圧をあまり受けないような姿勢(仰臥位か半身浴)での入浴がよいです。なお、喘息発作が全く起こっていない場合には、通常の安全入浴法に従えば、浴温度、入浴姿勢、入浴時間いずれにも制限の必要はありません。
慢性閉塞性肺疾患(COPD)の場合、高齢者が多いこと、体動時の息切れを繰り返し経験していることなどから、潜在的に心不全を併発している場合も多くみられます。このような場合の入浴は、高温浴(42℃以上)はできるだけ避けて、中温浴または微温浴(37~41℃)で、仰臥位または半身浴(座位)で、少し長めに入ることが望ましいです。冬季であっても、浴室の室温も30℃以上に保っておく必要があります。温泉地での入浴回数は、1日2回程度に控えておきます。尚、COPD患者は、呼吸器感染症に罹患しやすいため、特に冬季では入浴後の保温に気をつけなければなりません。入浴中には、時々深呼吸を繰り返し、この間に少しでも痰が喀出されれば、気道の浄化に役立つものと考えられます。
室温40~43℃、湿度75~87%、ラドン濃度2,080Bq/m3の熱気浴室に、5~10分間隔で、4~5回出たり入ったりを繰り返しながら治療を行います。熱気浴の呼吸器疾患の治療には有効です。気道内の分泌物の多い患者さんやアレルギー性鼻炎を合併して鼻閉の強い患者さんにも適応があります。
呼吸器疾患に対する温泉療法としては、温泉プールでの水中運動、鉱泥湿布療法、ヨードカリ溶液吸入療法3つの温泉療法がその基本となっており、複合温泉療法と呼んでいます。これらの治療法は、入院中は毎日施行することができますが、退院後に継続することは通常困難です。温泉療法の効果をできるだけ持続させるためには、以下のような維持療法が必要であると考えられます。維持療法としては、温泉あるいは温泉プールでの水中運動を週1回ないし2回定期的にできるだけ長期間にわたって継続することが望ましいと考えられます。ヨードカリ溶液の吸入は、必要に応じて家庭で続けることができます。