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光延文裕(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科老年医学分野 教授/
岡山大学病院三朝医療センター長)
温泉療法とは、温泉そのものを利用する治療のほか、温泉地環境の影響も含めた複合療法として定義されます。その特徴の1つは、温泉療法が薬物療法には見られない様々な作用を有していることです。例えば、温泉療法では特定の臓器に対する作用以外に、全身に対する作用として精神的リラックス作用、自律神経安定化作用、全身状態の改善作用などが認められます。ここでは、精神的・心理的因子が発症や経過に影響を与える疾患の一つとして気管支喘息に焦点を当て、温泉療法が喘息患者の心理的要素に及ぼす影響について、心理テストを用いた検討を中心に、‘温泉の心理的効果‘について述べます。
対象は当センターへ入院した喘息症例で、その全例に対して、温泉入浴のほかに複合温泉療法(温泉プール水中運動、鉱泥湿布療法、ヨードゾル吸入療法)を施行しました。以下に示す4種類の心理学テストを入院時および退院時に実施し、それぞれ比較検討しました。
この心理テストはコーネル大学のBrodman、Erdmann、Wolffらにより考案された質問紙法であり、神経症について、早期発見・スクリーニングあるいは評価等の目的で、心身の自覚症状の調査を行うものです。18項目(身体的自覚症状:AからLの12項目、精神的自覚症:MからRまでの6項目)からなっています。本検討では、身体的自覚症の各項目の合計と、身体的自覚症のうちの呼吸器症状(21問)とCIJ症状(心臓脈管系(項目C)と疲労度(項目I)および疲労頻度(項目J)の合計で、全体で30問の神経症的傾向の有無に関係する症状)、および精神的自覚症の4項目について検討しました。
うつ病的傾向;を見るための質問紙法による情意テストで、20項目(最低20点、最高80点)からなり、現在のうつ病的傾向を点数化して検討しました。
Ⅲ.CAI(Comprehensive asthmaibventory:気管支喘息症状調査表)
CAIは、喘息症状の発現や経過に関与した心理的要因のスクリーニングのために考案された質問紙法であり、心理的要素の加味された喘息症状を客観的に把握するよう構成されています。22問からなる質問について回答は3段階(yes、?、no)により行い、各心理学的項目のスコア(%)を算出しました。心理項目のうち、A条件付け(conditioning)、B暗示(suggestion)、C予期不安、恐怖(fear of expectation)、D依存症、薬物依存(dependency)、E欲求不満、葛藤(frustration)、F疾病逃避、二次的利得(fight into illness)、G生活習慣の乱れ(distorted life habits)、H予後悲観(negative attitudes towards prognosis)、I治療意欲の減退、適応力低下(decreasedotivation towards therapy)についてのスコア(%)と、各心理項目のスコアの平均であるCAIスコアについて検討しました。
本法は、治療で生じた微妙な性格変化を知るための調査として用いられることが多いです。喘息に関係すると考えられる30項目を選び、7段階評価法を用いて調査を行いました。そして、これらのうち、喘息の入院治療で最も好ましい改善項目として、明朗活動性の5項目(明るい、生き生きした、楽観的、楽な、活動的-暗い、生気のない、悲観的、苦しい、不活発)および自信充実性の4項目(安心した、安定した、自信ありそうな、充実した-心配そうな、不安定な、自信なさそうな、空虚な)について検討を行いました。
身体的自覚症状では有意な改善(p<0.01)を認め、明らかな改善を示したのは25例中20例(80%)でした。身体的自覚症状のうち呼吸器症状、CIJ症状でもいずれも有意な改善(p<0.01)が認められました。しかし、精神的自覚症状では明らかに改善を示したのは10例(40%)にとどまり、平均値では統計的に有意な改善は認められませんでした。5例は不変であり、悪化は8例にみられ、身体的症状と比較すると、精神的症状の改善する割合は少ない傾向でした。
重症難治性喘息の多い当センターの症例では、40点以上を示す症例は25例中12例(48%)であり、うつ的傾向が無視できない症例が多く観察されました。平均値の比較では有意な改善傾向を認め(p<0.01)、また退院時において40点以上を示した症例は3例に激減しました。
A条件付け、B暗示、C予期不安、E欲求不満の各項目において有意の改善を認めました(p<0.01)。D薬物依存症では11例で改善がありましたが、不変6例、悪化も7例に認められ、平均値では有意差はみられませんでした。
F疾病逃避、H予後悲観、I治療意欲の減退の項目では有意の改善を示しました(p<0.01)。しかし、G生活習慣の乱れでは13例(52%)で改善を認められましたが、12例では不変および悪化であり有意差はみられませんでした。また、各項目の平均値であるCAIスコアの比較では有意の改善が認められました(p<0.01)。
明朗活動性の5項目では、いずれも改善傾向を示しました。また、自信充実性の4項目でも、不変例の1例を除きいずれも改善傾向を示しました。
喘息の発症や症状の発現に至る経路の一部には自立神経系の存在が示唆されており、精神的・心理的因子も喘息の病態に影響を与える要素の1つとして検討されてきています。純粋な心因性喘息の割合はごくわずかとされているものの、喘息の病体形成への心理社会的因子の関与が、8割以上の症例に認められたとの報告もあります。喘息に限らず、内科領域の疾患ではそのほとんどで心理的要素の影響が見られると考えられています。
本稿では、温泉の心理的効果が喘息治療に及ぼす影響について、心身医学的検査を用いて検討を加えました。まず、CMI法の結果からは、身体症状や心因性の症状とされるCIJ症状が明らかに改善されており、温泉療法の心理的要素への効果が示唆されました。SDS法においては、温泉療法によりうつ傾向が改善されることが示されました。また、CAI法では、条件づけ、暗示、予期不安等の項目において改善が認められ、心身症的要因の関与する喘息症状への温泉療法の効果が明らかにされました。さらに、SD法では、温泉療法により喘息患者にとって望ましい性格変化を明らかになりました。以上の検討により、温泉療法により喘息患者の心身医学的側面が有意に改善されることが示唆されます。そして、温泉療法の精神的リラックス作用は、自律神経系の安定化作用とも密接な関連を有しながら、疾患の治療に有用な役割を果たしているものと考えられます。
1978年5月の環境庁自然保護局長通知により、温泉のうち特に治療の目的に供しうるものを「治療泉」と定義し、その中で温泉水1kg中に111Bq以上のラドンを含有するものを放射能泉と規定しています。
ラドン(Rn)とは、ラジウム(Ra)のα崩壊によって生成される娘元素のことで、常温では気体であり、ラドンもα線を放出してポロニウム(Po)になります。原子番号は86であり、質量数が218、219、220、222の4種類の同位体が知られています。ラドンは化学的不活性で、無職・無味・無臭の気体ですが、水によく溶け、資質にも比較的よく溶けます。主に肺から吸収され、血液に入って全身に送られ、脂肪の多い内分泌腺・神経鞘などに取り込まれるとされています。なお、元素名のラドンのほか、核種を区別して222Rnをラドン(狭義)、220Rnをトロンと呼びます(以下、222Rnをラドン、220Rnをトロンと呼ぶ)。ラドンは、物理的半減期が3.82日と短い上に、気体のため体内に入っても肺気から呼気とともに出て行くなど、生物学的半減期も短く30分とされます。トロンの物理学的半減期も短く約30分とされます。トロンの物理学的半減期はさらに短く、55.6秒です。ラドンは自然に存在する放射腺源の一つであり、その吸入による内部被爆線量は、自然放射線源から受ける年間被爆線量の世界平均値2.4mSv(Sv(シーベルト):放射線が人体に及ぼす影響を含めた線量)の約半分の1.3mSvを占めます。
バドガスタイン(オーストリア)での坑道療法(金鉱の採掘後にできた坑道を利用した療法で、内部はラドン濃度が高く、高温多湿でもある)は、日本の三朝(鳥取県)の温泉療法とともに、ラドン療法として世界的に有名です。適応症としては以下に示すような疾患に対してその有効性が確認されています。ラドンがなぜ有効なのかいまだ明確ではありませんが、近年、培養細胞あるいは動物を用いた実験からラドン療法によるこれらの適応症について科学的解明がなされつつあります。
その一つとして、放射線分解によって生体内に生じた少量の活性酸素腫が、解毒、細胞代謝、ミトコンドリア内でのエネルギー変換、酵素などのタンパク質や生理活性物質の生合成など種々の過程に刺激(情報伝達因子)として好作用した結果と考えられています。また、我々の体に備わっている坑酸化機能は生体内での活性酸素が過剰とならぬように制御し、生体内の安定と維持を図っていますが、活性酸素を消去するスーパーオデキシドディスムターゼ(SOD)の酵素活性がラドン曝露によりウサギなどで増加することから、ラドン療法によるSODの誘導合成の関与が示唆されています。
さらに、リウマチ、関節炎、筋肉痛、神経炎に対する有効性は、ラドンからの低線量放射線が脳下垂体を刺激して副腎皮質ホルモンの分泌を賦活化することや、脳内ホルモンの一種で様々な痛みを緩和する作用を持つメチオニンエンケファリン、βエンドルフィンなどの分泌促進することに起因するものであると考えられています8)。近年、放射線には障害が発生する領域と何も起こらない領域の間に、生体防御機能(坑酸化機能、遺伝子修復機能、変異細胞除去機能、免疫機能)が働く領域があることが示唆されており、ラドン効果もその一つであると考えられています。
さらに、糖尿病、アルツハイマー病、動脈硬化など多くの疾病にも活性酸素が関与していることが知られています。低線量放射腺照射によって坑酸化機能が亢進し、疾病の進行を抑える可能性があります。インスリン依存型糖尿病のモデルマウスで病状の進行が抑制されたという実験データもあります。そして、新陳代謝、細胞膜の保護、抗酸化機能、免疫機能など、老化に伴って一般的に低下するこれらの機能が、低線量放射線照射によって総合的に活性化され、老化の防止につながる可能性があります。
他方、三朝温泉地区の屋外の大気中ラドン濃度は26Bq/m3(Bq(ベクレルは1秒間に1個の原子核が崩壊する放射性物質の量を表す)であり、対象地区(三朝温泉周辺地区)の2.4倍です。御舩らは三朝町のがん死亡率を調査し報告していますが、三朝温泉地区では、男女ともがんによる死亡率が全国平均より有意に低く、対照地区のそれと比較しても低いことが示されました9)。その後、ラドン吸入が影響するといわれている肺がんによる死亡率についての比較対照試験が実施されましたが、三朝温泉地区では対象地区に比較して差は認められませんでした10)。
温泉療法の臨床効果を考える場合には、単一の要素における効果ばかりではなく、その保養地におけるいろいろの要素がからみあって、臨床効果として現れることが多いと考えられます。一方、どの要素がどのように作用するかを観察することも、温泉療法の効果を上げ、さらに温泉療法をより合理的なものにするためには、また必要なことです。そこで今回、温熱およびラドン吸入の気管支喘息に対する効果を明らかにすることを目的として検討しました。