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わが国には沢山の種類の温泉が湧出するが放射能泉(ラドン温泉)もその一つで、主として天然に存在する放射性成分が多く含まれていることによって温泉と認められたものである。わが国の温・鉱泉の泉質頻度分布図(図1)を見ると、わが国では食塩泉が27%で最も多く、単純温泉が25.8%でそれに続き、放射能泉は全温泉の7.7%である。
温泉水の中に含まれる放射性成分はラジウム(226Ra)とラドン(Rn:222Rn)、ラドンの放射性同位体トロン(Tn:220Rn)、アクチノン(An:219Rn)等である。しかし半減期が短く、存在量が少ないトロンとアクチノンは現在のところ放射能泉の対象ではなく、研究対象としてのみ興味を持たれている。またラジウムは温泉水中の濃度が少ない事と、計測方法が複雑であるため測定例はあまり多くない。通常温泉水のラドンは親核種ラジウムの平衡量以上に存在しており、2桁以上上回っている場合も珍しくない。この状況は世界的に同じであり、よって放射能泉はラドンが主流である。ラドンは半減期3.825日でα崩壊する放射性のガス成分で、温・鉱泉水中でほとんど他の溶存化学成分との相関はなく、単独に存在している。図2にウラニウム崩壊系列の一部を示した(ラジウム以下)。
ラジウムは1898年、キュリー夫妻によって発見・単離された元素である。ラドンはラジウムから放出されるガス成分として1900年にドーンによって発見されたが、元素であることが確認されてからも長い間ラジウムエマナチオンあるいはニトンと呼ばれていた。ラドンの名称は1923年の国際会議で正式に採用されたが、これはラジウムとの親娘関係をあらわした語である。温泉水中のラドンの存在は1903年アレンによってバース(英)のキングズ・スプリングで放射性気体として見出された。そして鉱泉水の治療効果はこの放射性気体による可能性があると示唆されたので、医学者もこれに関心を持つようになり、欧州各地の温・鉱泉水中のラドンの調査研究が始まった。1904年にはラジウムもイタリアの鉱泥の中にその存在が確認された。
わが国では1909年から湯河原、伊豆山、熱海等の温泉でラドンの調査が行われ、こうしてわが国の環境放射能の研究は温泉水中のラドン濃度の測定から始まった。
わが国の温泉は「温泉法」のもとに環境省の管轄下にある。温泉法は温泉を保護しその利用の適正を図り、公共の福祉の増進への寄与を目的としている。 ドイツ医学の流れを汲むわが国では普通の水(常水)と鉱水の区別を定めたナウハイム決議(1911)に準じて衛生検査指針中に鉱泉分析法ができ、今日の温泉法に於ける鉱泉の資格が決められている。表1に示した限界値は常水と区別する鉱泉の定義であり(1948)、療養泉の(1978)定義である。温度が25℃以上であるか、表の中のどれか一成分がここに示された値以上含まれていれば鉱泉、温泉の対象となる。
温度の限界値も国によって異なり、わが国では戦前にほんの領土であった台湾の南端部の年平均気温より高い値として25℃が採用されている。かつて泉温25℃以下で含有化学成分を満たしているものを鉱泉または冷鉱泉と称して25℃以上の温泉と区別していたが、現在では全て温泉と呼ばれている。温泉は温泉法第13条により、成分と共に禁忌症および入浴又は飲用上の注意等の掲示が義務付けられている。療養泉は温泉法の対象ではなくこの限界値のどれか一成分は越えており、かつ温泉医学の経験から医治効果の期待できる温泉という考え方で定められている。
鉱泉分析法指針によれば、放射能による鉱泉の定義は
ラドン(Rn) 20X10-10Ci以上、常水との区別、鉱泉と認める濃度(5.5マッヘ単位以上:74Bq/l)
ラジウム塩(Raとして) 1X10-8mg以上
ラドン(Rn) 30X10-10Ci以上、特殊成分を含む療養泉(放射能泉)(8.25マッヘ単位以上:111Bq/l)である。
ラドン濃度についてはナウハイム決議が3.5マッヘ(47Bq)であるのに対し、5.5マッヘ(74Bq)が与えられている。その根拠は不明であるが、入浴を主とするわが国と、飲用を多く取り入れている欧州との温泉治療における基本的な利用方法の違いによるのかもしれない。
現在水中のラドン濃度の測定は、トルエン抽出-液体シンチレーションカウンター測定法が主流であり、ルーチンで安定したデータが得られ、操作も簡単である。この方法はラドンが有機溶媒によく溶けることを利用して開発された。絶対測定が可能であり、測定器の普及とあいまって広く用いられている。予め蛍光剤を溶解させたトルエン(液体シンチレータ)で直接ラドンを抽出した後、液体シンチレーションカウンタ計測により計数効率100%で測定できる。
温泉の性質は地質に支配される。母岩や温泉水の上昇通路、あるいは比較的地表近くにある透水性地層、即ち温泉帯水層の岩石的・地質学的性質によって温泉水中の溶存化学成分が大きく影響される。放射能泉は第三紀以前の花崗岩地帯に湧出するものが多く、常磐炭田坑内温泉、増富(山梨)、湯抱(島根)、三朝(鳥取)、奥津(岡山)、道後(愛媛)、栃尾又(新潟)、月岡(新潟)などの温泉がある。これらの温泉の一般的な特徴は、泉温の高いものが少なく、成分は希薄で放射能性が強いことである。
全国の放射能泉の数を都道府県別に集計すると特徴的に西日本に多く分布し(図3)、わが国の花崗岩分布地帯と一致している。 わが国の温泉源泉1本当たり平均湧出量はほぼ100l/minで、放射能泉の場合20~50l/minをピークとする非対称型を示している。また温泉については25℃以下の冷鉱泉が多く全体の86.5%をしめている。中でも15~20℃が最も多く、地下水の温度領域に近い。 液性の頻度分布は図4の如くであり、以上の事からわが国の放射能泉は他の泉質の温泉に比べて湧出量は1/2~1/3と少なく、液性は中性から弱いアルカリ性を示し、ラドン以外ほとんど他の溶存化学成分を含まない単純冷鉱泉が主体である。
放射能泉の成因については昔から多くの報告が見られるが何れも定説とは言い難く未だ研究段階である。 一般にラドン濃度の高い温泉水は湧水量が少なく、温泉水中のラドン⊃ラジウムの非平衡を考慮すると比較的少量の鉱水がラジウム濃度の高い放射性沈殿物などと地下のあまり深くない所で接触し、濃いラドン含有水を生じた可能性がある。また更には地表近くにある温泉沈殿物層を通った地下水の他に、さらに深い層に含まれる高濃度のラドンを含む地下水、即ち「ラドン地下水」の混入等も考えられている(図5)。
放射能泉がなぜ有効なのかは未だ明確ではないが、近年、培養細胞あるいは動物を用いた実験からラドンによる適応症について科学的解明がなされつつある。その一つとして、生体内の水の放射性分解によって生じた少量の活性酸素種が、解毒、細胞代謝、ミトコンドリア内でのエネルギー変換、酵素などの蛋白質や整理活性物質の生合成等種々の過程に刺激(情報伝達因子)効果ととして作用した結果と考えられている。又、生体の代表的な防御機構の一つであるスーパーオキシンドジスムターゼ:SOD活性がラドンの曝露によりウサギなどで増加することから、ラドン療法によるSODの誘導合成が関係すると見られている。
温泉治療に利用されている放射能泉は、ラドンとその崩壊生成物が崩壊の際に生じた活性酸素種が、身体の細胞や組織に複雑な生化学的作用を及ぼし、各種器官の働きを活発にすると言われている。その効果は臨床医学的に自律神経の鎮静、ホルモンや代謝異常の調整、鎮痛、消炎作用などと言うことが出来る。α線には神経細胞の酸素消費量を下げて鎮静化させる作用があるため、放射能泉はリウマチ、関節炎、筋肉痛、神経炎等の痛みを和らげる効果がある。また組織学的には放射能泉浴が副腎皮質ホルモンの分泌を高めるとも考えられている。ラドン濃度を増すと鎮痛効果はあがるが、心血管や植物神経系統に反作用が起きるので、他の温泉成分と同様、適切な利用が大切である。また放射能泉の効果は単に放射能だけによるのではなく他の溶存化学成分や泉温等との相乗効果である。表2に放射能泉の適応症を示した。更に多くの物理療法や食餌療法、時には薬餌療法等も併用して総合的な医療を行うことが正しい温泉療法であり、温泉療法医等に相談して利用することが望ましいとされている。